【訃報】新型コロナ肺炎で闘病中だった「志村けん」さん死去。所属事務所コメント。

新型コロナウイルスに感染し、20日から入院中だったタレントの志村けんさんが29日午後11時10分、入院先の都内の病院で亡くなった。70歳だった。

 

赤坂にある所属事務所の関係者は先ほど記者団の取材に応じ「事実関係として昨晩の午後11時10分、新型コロナウイルス肺炎ということで死亡を確認されたという報告がありました」と説明した。

 

●株式会社イザワオフィスからのコメント
弊社所属タレント 志村けん(本名 =志村康徳)が、令和2年3月29日午後11時10分、新型コロナウイルス肺炎のため、満70歳で逝去いたしました。ここに生前のご厚誼を深く感謝するとともに、謹んでお知らせ申し上げます。
ご遺族の意向により、通夜及び葬儀は、近親者のみにて執り行われます。誠に勝手ながら、ご香典,ご供花,ご供物の儀も、固くご辞退申し上げます。
なお、「お別れの会」等の実施につきましては、ご遺族と相談の上、決定次第、ご連絡申し上げます。

 

今後については事務所として会見を行う予定はなく、ザ・ドリフターズのメンバーからコメントを取るなどして声明を発表することも「本人たちが一番つらいと思う。そのつもりはない」と否定した。

 

また事務所関係者は、入院後、21日に人工呼吸器に切り替えた段階から「意識はなかった」とも明かした。

 

昭和から平成、そして令和の時代になってもコメディアンとして数々の功績を残した志村さんの足跡をたどる。

 

志村けんの著書「変なおじさん 完全版」(新潮文庫)によると、志村さんは1950年に東京都の東村山市で生まれた。

いかりや長介・高木ブー・加藤茶・仲本工事さんらともにミュージシャンやコメディアンとして一時代を築いた「ドリフターズ」の一員として一躍スターとなったが、あまり知られていない事実がある。

実は志村さん、高校卒業間際にドリフターズの「付き人」になったことがキャリアの始まりで、1974年に当時のメンバーの荒井注さんに代わって正式メンバーとなったのだ。

 

その2年後、1976年に当時の人気番組『8時だョ!全員集合』(TBS系列)では志村さんが歌った「東村山音頭」が人気となった。

名誉市民の地元・東村山市の公式サイトでは、その歌詞が紹介されている。

セリフ「只今御紹介にあずかりました志村ケンです。全国の皆さん!今日も元気に唄って踊りましょう それでは東村山町内音頭 まずは四丁目から 行ってみようかー!」

◎ 東村山 庭先ゃ多摩湖 狭山茶どころ 人情が厚い 東村山四丁目 ソレ! 東村山四丁目

セリフ「続いて行ってみようか 三丁目!」

東村山三丁目 チョイト チョックラ チョイト チョイト来てね
一度はおいでよ三丁目 ソレ! 一度はおいでよ三丁目

セリフ「サァー今度は一丁目 行ってみようかー!」

ウワーォ! 東村山一丁目 ウワーォ! 一丁目 一丁目 ウワーォ!一丁目 一丁目 ウワーォ!
ヒガシ…ワォ! 村山一丁目 ウワーォ!サンキュウ!

セリフ「さぁ、今度はみんなが唄って踊る番だよ 元気よく行ってみようかー!」

(演奏)

◎ くりかえし

セリフ「御清聴 誠にありがとうございました ありがとうございました ありがとうございました ありがとうございました」

 

1986年にはバラエティ番組『志村けんのバカ殿様』(フジテレビ系列)が放送開始に。顔を白塗りしたお茶目な殿様姿で見せるギャグ「アイーン」など、瞬く間にお茶の間の人気を獲得した。

 

志村さんは生前、自身が2006年から主宰する舞台『志村魂』の活動について明治座のインタビューに回答。

バカ殿様が愛される理由を「バカ殿様はバカなふりをしているけれど、実はちゃんとしていますからね。家来の様子もよく見ていますし。でも心は子供ですから。そういうところがいいのかもしれないな」と語っていた。

 

また、志村さんを語る上で欠かせないのは、翌87年スタートの番組『志村けんのだいじょうぶだぁ』(フジテレビ系列)。

番組で誕生した「変なおじさん」というキャラクターの「変なお~じさん、だか~ら変なお~じさん…」という名調子は、当時多くの人々を笑いの渦に巻き込んだ。

 

他にも、志村さんが扮する『ディスコ婆ちゃん』や『ひとみばぁさん』、少年少女合唱隊として歌うギャグ『カラスの勝手でしょ!』、加藤茶さんとの『ヒゲダンス』などはあまりにも有名だった。

生み出したギャグの数々は時代を超えて愛され、令和になってもテレビの前の視聴者を惹きつけた。

 

2020年3月4日には『志村けんのだいじょうぶだぁ 笑いで頑張れニッポンSP』(フジテレビ系)が放送され、今を時めくお笑いコンビ・ミルクボーイとともに漫才を披露していた。

 

近年はコメディアンとしてのみならず、俳優やバラエティタレントとしても活躍していた志村さん。
1999年には映画「鉄道員(ぽっぽや)」には炭鉱で働く労働者役で出演。
70歳を迎えていた2020年には、山田洋次監督の「キネマの神様」で俳優の菅田将暉さんとともに映画初主演が決まっていたが、新型コロナウイルス感染の影響で出演を辞退。

また、3月30日に放送が始まったNHKの連続テレビ小説『エール』にも出演を予定していた。

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