訃報!!ショーケンこと萩原健一さん、10万人に1人の難病で急死!!


ショーケンの愛称で親しまれ、一時代を築いた俳優で歌手、萩原健一(本名・萩原敬三)さんが26日午前10時30分、消化管間質腫瘍(GIST)のため東京都内の病院で死去したことが28日、分かった。68歳だった。

27日に密葬を執り行った後、所属事務所が発表した。
2011年から闘病していたが、本人の強い希望で病を伏せ、昨年まで仕事をこなしていた。
最近は入退院を繰り返し、25日に容体が急変。
元モデルの妻、理加さん(57)に看取られ、静かに息を引き取った。

内田裕也さんに続き、昭和のアウトローが平成の終わりとともに逝った。

所属事務所によると、萩原さんが体調不良を訴えたのは、理加さんと結婚した8年前の2011年。
病院で精密検査を受け、消化管の粘膜下にある筋肉層にできる腫瘍、GISTと診断された。
10万人に1~2人しか発症しない難病で、このとき外科手術を受けていたようだ。

理加さんの愛情に支えられての闘病生活だった。
萩原さんは死と隣り合わせの難病と立ち向かうため、病名の公表をあえて控え、仕事をこなしながら通院する日々が8年続いた。

先週も1度通院し、25日にも通院予定だったが、同日に容体が急変。
救急搬送され、翌26日午前10時半、理加さんに看取られて天国へと旅立った。
病院に運ばれる前日の24日には、スポーツジムで理加さんとバランスボールを使って体を鍛える様子がブログにアップされており、急死だったことがうかがえる。

葬儀は27日に都内の斎場で執り行われ、荼毘(だび)に付された。
「派手なことはするな」という萩原さんの遺志に従い、マスコミには伏せられ、全てが終わった28日に所属事務所が発表した。
お別れの会も行わないという。

萩原さんにとって事実婚を含めた4人目の妻だった理加さんは「最期はとても穏やかで安らかに、ゆっくりゆっくり眠るように息を引き取りました」と報告し、「今はまだ、心の整理がついておりませんので、どうかご理解いただけると幸いに存じます」と悲しみのコメントを発表した。

萩原さんは1960年代後半から80年代にかけて、若者から絶大な支持を得た大スターだった。
16歳だった67年、母親の反対を押し切り、GS(グループサウンズ)バンド、ザ・テンプターズのボーカルとしてデビュー。
「神様お願い!」「エメラルドの伝説」などをヒットさせた。
端正な容姿に抜群の歌唱力、鋭さと危うさを併せ持つワイルドな性格は若い女性の母性本能をくすぐり、沢田研二(70)率いるザ・タイガースと人気を二分。
絶頂だった70年に解散した。

72年スタートの日本テレビ系「太陽にほえろ!」で初代新人刑事・マカロニ役に抜擢(ばってき)され、俳優としても人気が爆発。
自らアイデアを出した、立ち小便の後に通り魔に刺されて殉職するシーンは大きな話題を集めた。

コンビーフ缶詰を開けて牛乳を飲むオープニングシーンが社会現象となった「傷だらけの天使」では社会から疎外された若者、「前略おふくろ様」では板前役を好演し、男子中高生の憧れの存在に。
85年の映画「恋文」では日本アカデミー賞優秀主演男優賞を受賞した。

自由奔放で型破りな言動と数々の女性遍歴でも知られ、75年にモデル、小泉一十三(ひとみ)と結婚し、長女をもうけるも3年後に離婚。
80年には女優、いしだあゆみ(71)と事実婚したが、83年に大麻不法所持で逮捕され、84年に離婚。
2005年には恐喝事件で逮捕されるなど波瀾(はらん)万丈な人生を送った。

理加さんと11年に再婚した後は、世間から穏やかな生活を送っていたと思われた。
その裏で壮絶な闘病生活を送り、誰にも知られることなく天に召された生きざまはショーケンそのものだった。

★妻・理加さんコメント

生前に、お世話になりました仕事関係の皆様、ファンの皆様に、心よりお礼申し上げます。
これまで、本人の強い意向により、病のことは公表せずに参りました。
最期は、とても穏やかで安らかに、ゆっくりゆっくり、眠る様に息をひきとりました。
今はまだ、心の整理がついておりませんので、皆様、どうかご理解頂けると幸いと存じます。 
萩原理加

★発生率、胃が約70%

消化管間質腫瘍(GIST=ジスト)は、消化管の粘膜下の筋肉層に発生する腫瘍で、良性と悪性がある。
高野ビルクリニック(東京・新宿区)の冨名腰文人院長は「発生は10万人に1~2人と少なく、胃に発生することが大部分なので、最初は食欲が低下して痩せていく」と話す。
発生場所は胃が約70%、小腸は約20%、大腸と食道がともに5%とされる。
年齢別では60代がピーク。
萩原さんは2011年から闘病していたが、「長く思えるかもしれないが、高齢になるとがんの進行はゆっくりになる」と説明する。
周囲の組織やリンパ節に転移することは少ない。
そのため治療は「まず外科手術を考え、その後は化学療法や放射線療法になる」という。
さらに容体が急変したとされていることについては「肺炎などを起こした可能性もあるのではないか」と指摘した。

■萩原健一(はぎわら・けんいち)
1950(昭和25)年7月26日生まれ。埼玉県出身。
1967年、GSバンド、ザ・テンプターズのボーカルとしてデビュー。
「神様お願い!」「エメラルドの伝説」などがヒット。
75年にソロ活動を始めた。俳優としても活躍し、74年の映画「青春の蹉跌」でキネマ旬報の最優秀主演男優賞。
代表作に日本テレビ系「傷だらけの天使」など。
事実婚を含めて4度の結婚をしている。
愛称はショーケン。174センチ。