なぜ男性はカラダを売るのか・・・


「むなしくなるときがあります。お金で出張ホストを買ってむなしくならないのかと世間は女性に言うかもしれないけど、出張ホストもむなしくなるときがあるんです」

ある出張ホストは、インタビューでこう語る。

これまで性産業を中心とした記事を執筆してきたフリーライター・中塩智恵子氏の著書『男娼』(光文社)には、出張ホスト、ウリセンボーイ、ニューハーフヘルス嬢と、3種類の「体を売る男」たち10人に対してのインタビューが収められている。
その言葉からは、「表」の社会からは決して見ることができない男たちの生きざまが見えてきた。

48歳、出張ホストとしてのキャリアは13年目。
彼は、ホストから転身し、会社経営を行っていたものの、会社をつぶし、金のためにAV男優としてデビュー。
その後、個人で出張ホストとしての活動を開始した。
絶頂期の月収 は150万円 だったが、現在は20~40万円程度だという。

男性としてはオイシイ世界に思える「出張ホスト」という職業 。
しかし、もちろん性的な快楽を得て簡単にお金が手に入るという、甘いものではない。

「お金をもらうことに責任があると思っているので、この人の願望をどうしたら叶えてあげられるのだろう、どうアプローチしたらいいのだろう。
そういうことをずっと考えながら接客をしています」

では女性側は、一体どのような目的で出張ホストを利用するのだろうか?

彼の顧客である20~50代半ばまでの女性の中には、主婦や風俗嬢のほか、「高齢処女」の利用も多いという。
痴漢やイタズラなどで男性恐怖症になってしまったことから、男性との関係を持たないまま年齢を重ねたという女性も少なくないようだ。

「みんな、なにか理由があるから来るんです。
みんな、苦しいから来るわけで、困っているから来るわけで」

そんな女性たちをカウンセリングするように、彼は、出張ホストとして女性たちの心を解きほぐしている。
別の出張ホストは、中塩氏のインタビューに対して「女性の体を濡らすのではなく、心を濡らすもの」と答える。
出張ホストの仕事は、決して女性たちの肉欲を満たすばかりではない。

では、冒頭に引用した出張ホストの感じるむなしさとは何か? 
彼の場合、顧客からあっけなく切られた瞬間に、そのむなしさが襲ってくるという。
そのむなしさに打ち勝つためにも、彼は出張ホストという仕事に対して、さながら職人のようなプライドを持って仕事をしている。

「『この人ならわかってくれる』『この人じゃないと駄目』というのがあるから、俺は出張ホストとしてなんとか続いている。
俺もそれに答えたいし、相手の信頼以上に返したい」

出張ホストは、決して体だけでは成立しない。
責任感や、仕事へのプライド、そして相手の感情を察知するコミュニケーションスキルなどがあって、初めて成り立つ仕事なのだ。

一方、新宿2丁目で働く、ウリセンボーイたちへのインタビューからは、「男娼」が持つ別の側面が見えてくる。

近年、「稼げない」とため息をつくボーイたちが多い中、最高月収はなんと180万円、稼げない月でも「平均して50万から100万の間」というこのウリセンボーイは、わずか3カ月で300万円の借金を返済してしまった売れっ子。

恵まれた容姿を持つだけでなく、どんなプレイにも対応でき、愛想がいい……と 売れる条件のすべてを兼ね備えている彼。
しかし、その言葉からは、彼の抱えている「闇」が見えてくる。
そもそも、セクシャリティとしてはノンケである彼が、ウリセンボーイという仕事を続けられるのは、幼い頃から、母親によって虐待といえるほどの罵声を浴びせられてきたことに関係するという。

「母親にいろいろと言われてきたのもあって、(自己)評価は低いですね。
小さい頃から『馬鹿』と言われてきたから、本当に自分は馬鹿なんだと思っていたし、『死ね』と言われれば死んだほうがいいのかなと思うじゃないですか。
そういう思考回路でずっと生きてきたんで。
自己評価が低いからウリセンでは逆にいろいろな挑戦ができるのかなと思います」

そんな生い立ちが、どんなプレイにも対応できるというウリセンとしての最大の魅力を彼に与えている。
掘られている瞬間に、彼は次のように考えているという。

「掘られているときは、あぁ、いってえと思ってます。
あと何分ぐらいだろう、そろそろいくかなって。
本当、冷めてますね。業務的なんですね」

しかし、彼は、この道を選んだことを後悔しているわけではない。
収入も高く、リピーターも多数獲得している彼は「ウリセンに出会えてよかったと思います」と、あっけらかんと語っている。
「ゆくゆくはウリセンで得た金で、何かの店を持ちたい」という彼は、希望を胸にしながら体を売っているのだ。

すべてのインタビューを終え、その実感を中塩氏はこう記している。

「まさにこれが今、私たちが生きている世界なのだろう。
ひどく納得がいくわかりやすい共通点など見当たらず、想像範囲内の現実などなく、枠組みでは収まりきれない性と人生があった。
すでにわたしたちは多様な世界を生きている。
だからこそ私たちはもっと自由に生きていいし、自由に生きたいと願う他者の希望を摘んではいけないし、自由を守るために他者への思いやりと想像力を欠いてはならない」

「男娼」というと、その「快楽」や「後ろ暗さ」だけに焦点を当てて取り上げられることもしばしば。
しかし、その世界をつぶさに観察すると、買う側にも売る側にも 、それらの言葉に収斂させることのできない複雑な感情が見えてくる。